陸上環境での放射性セシウムの沈着状況の経時変化

越智康太郎

Interviewee

越智康太郎Kotaro Ochi

研究の内容と目的

東京電力福島第一原子力発電所(以下1F)の事故後、被災地での人体への影響は被ばく線量(単位:Sv)を指標に評価されました。対象者の被ばく線量は、主にポケット線量計による直接的な評価や、サーベイメータによる測定で得られる空間線量率を基に評価されました。空間線量率は地表に沈着した放射性核種の量、種類、分布の仕方、地表面の状況によって変化傾向が大きく異なります。よって、一時的な空間線量率の情報だけでは、正確に被ばく線量を把握するには不十分でした。そこで着目したのが、半減期が長く、放射線による被ばくの寄与が依然として大きい放射性セシウム(134Cs、137Cs)の陸上環境での沈着状況です。住民の方々の被ばく状況を評価する上で重要な3つのエリア(農地・森林・市街地)における放射性セシウムの沈着状況を評価しています。農地では放射線検出器を載せた無人ヘリコプターを用いて、迅速かつ簡便に広範囲の放射性セシウム沈着状況を観測する技術の実証を行いました。市街地では2011年以降継続して、その沈着状況の変化傾向を年1-2回モニタリングしています。

137Cs沈着量マップ上の調査地点のロケーション
各調査地点の写真

放射性セシウム沈着量と空間線量率の関係

放射性セシウムの沈着量は、単位面積当たりの放射能(単位: Bq/m2)という指標で表現されますが、同じ沈着量であっても、放射性セシウムの深さ分布によって、地上1m高さにおける空間線量率は大きく異なります。また、放射性セシウムの沈着量(例えば1MBq/m2)が同じ場合でも、放射性セシウムの分布の変化傾向は、地表の状態によって大きく異なります。例えば、農地では局所的な耕作作業、森林では樹冠(枝葉が茂る部分)への放射性セシウムの捕捉や落葉、市街地では除染や工事といった人間活動が、空間線量率の変化傾向に影響を与えます。これは、被ばく線量がそれぞれの環境で異なることを意味しています。そこで、住民の方々が暮らしているエリア(農地・森林・市街地)において、土壌中の放射性セシウム沈着状況を適切に評価しました。

深さ分布における空間線量率のイメージ
時間の経過とともに変化する空間線量率の変化イメージ

無人ヘリコプターによる測定技術の開発

土壌中の放射性セシウムの沈着状況を調査する方法として、従来の手法は人の手で筒状に土壌を採取し、各層の放射性セシウム濃度を測定します。この方法は、高精度で放射性セシウムの沈着量と深さ分布を評価できますが、採取・分析作業が煩雑であり、結果が出るまで長時間を要するというデメリットがありました。
そこで、福島独自の手法として、放射線検出器を搭載した無人ヘリコプターにより、上空で取得できるγ線スペクトルの特徴から、土壌中の放射性セシウムの深さ分布を推定する技術を開発しました。

従来の手法

従来の土壌採取方法

福島オリジナル手法

無人ヘリコプターによる観測方法

この方法によって、従来の方法よりも広範囲の放射性セシウムの深さ分布を迅速かつ簡便に推定することが可能となりました。
ただし、無人ヘリコプターによる測定では、局所的な土壌攪乱の影響を捉えることが難しいという課題がありますので、新手法と従来法を組み合わせることで、効率的で精度の高いモニタリングを実現することが可能であると考えております。

時間の経過とともに変化する空間線量率の変化イメージ

RCP(Compton-to-peak ratio):無人ヘリ測定で得られたγ線スペクトル上の散乱γ線計数率/直接γ線計数率比。

βeff:放射性セシウムの深さ分布を表すパラメータ。数字が大 きいほど、放射性セシウムは深くに分布している 。

RCPを基に推定した放射性セシウム深さ分布マップ

この技術がどう活かされるのか

効率的なモニタリングによる営農や生活再開へ貢献

広大な土地に降り注いだ放射性セシウムをすべて除去するのは非常に困難です。しかし無人ヘリモニタリングによる土壌中放射性セシウムの深さ分布推定によって、放射性セシウムの深さ分布マップを作成し、除染の深さを効率的に決定できれば、営農再開への道筋を示すことができると期待しています。
多くの住民の方々が暮らしている都市域においては、被ばく線量を評価するための空間線量率を正確に把握することが重要ですので、中長期的に放射性セシウム沈着状況をモニタリングしていくことが必要不可欠です。より精度の高い評価と予測によって、住民の方々が安心安全に暮らせるように研究を進めたいと考えています。

研究者 越智 康太郎(researchmap)
参考文献 137Cs初期沈着量マップデータの公開リンク:http://www.ied.tsukuba.ac.jp/~fukushimafallout/
放射性セシウム深さ分布マップ:K. Ochi, M. Sasaki, M. Ishida, S. Hamamoto, T. Nishimura and Y. Sanada,
Estimation of the Vertical Distribution of Radiocesium in Soil on the Basis of the Characteristics of Gamma-Ray Spectra Obtained via Aerial Radiation Monitoring Using an Unmanned Helicopter, Int. J. Environ. Res. Publ. Health, 14, 926_1-926_14 (2017).