コケバッグを用いた安全・簡便・安価な大気中の放射性物質濃度・挙動評価手法の確立

土肥輝美

Interviewee

土肥輝美Terumi Dohi

研究の内容と目的

東京電力福島第一原子力発電所(以下1F)の周辺環境では、大気中の放射性物質濃度を把握する手段として主にダストサンプラーが活用されています。しかしこれらは高価で電源が必要なため、設置する場所や数が制限されてしまうことが課題でした。そこで、観測したい場所や期間を任意に設定でき、設置や管理などの取り扱いが容易で安価な“コケバッグ”に着目しました。

コケバッグは、これまで欧州で大気環境汚染を評価する手法の一つとして研究されてきました。コケバッグ中のコケが大気浮遊じん(ダスト)を効率よく捕捉することを活かして、福島の大気中の放射性物質濃度評価に適用することが本研究の目的です。

例えば、1F周辺の街灯・街路樹や公共施設などへコケバッグを設置し、回収後に測定することで、その場所の大気中の放射性物質濃度がどのくらいかを知ることができるようになります。「いつでも・どこでも調査が可能」、身の回りの大気中に放射性物質がどの程度存在するかを知る手段ができることは、1F周辺で居住・活動される方々の安心感醸成に繋がります。

ダストサンプラー
コケバッグ(袋詰め)

コケバッグによる大気中の放射性物質濃度の観測

コケバッグとはその名の通り、コケを入れた袋のこと。使用するコケは、すでに研究実績のあるイタリア産や、日本国内で比較的簡単に入手できるハイゴケ属やミズゴケ属です。コケに着目した理由は、植物のような根がなく、比表面積が大きく、体の構造が単純な生物であること。つまり、外部(大気)からコケに入ってきた物質の種類や量を評価しやすいことを意味します。また、この大気中のダストを捉える“天然フィルター”は、材料確保(栽培)と使用後の処分が容易であることも理由に挙げられます。これを背景に、私たちはコケバッグを用いた大気環境汚染評価に知見のあるイタリアのナポリ大学(Di Palma Anna博士・Adamo Paola教授)と共同して、福島県でコケバッグを用いた調査研究に着手しました。

材料となるコケは洗浄後に乾燥させた後、ナイロンメッシュに袋詰め(約3 cm大)をします。現在のところ、ばく露試料1条件につき3個のコケバッグを連結し、調査地点にぶら下げて3週間以上設置する方法で観測を行っています。すでにこれまでの成果として、地点に関わらず設置時間の長さに伴って、コケバッグ中の放射性物質濃度(放射性セシウム)が直線的に増えていく傾向を確認しており、定量的な濃度評価への見通しを得ています。今後は、(1)コケ種や雨量などの気象条件によるコケバッグ中の放射性セシウム濃度の違い(捕捉機構、捕捉性能の違いや要因)、(2)調査地点の「場の条件(舗装の有無など)」による土壌などの舞い上がりやすさと放射性セシウム濃度との関連性、(3)ダストサンプラーとコケバッグそれぞれで観測された放射性セシウム濃度の関係、を評価していきます。これらを明らかにしていくことで、選定したコケ種の「適正性」・設置場所の環境条件を反映した「再現性」・ダストサンプラーとの「相互補完性」を示し、定量的な大気中の放射性物質濃度の観測法として広く実用化できると考えています。

コケバッグの作製方法及び設置イメージ

コケバッグの設置作業
コケバッグの観測の様子
この技術がどう活かされるのか

高線量・高濃度放射性核種汚染場所での被ばく管理、網羅的なコケバッグの設置・観測による異常の検知、環境教育の教材利用へ

電源が不要で場所を選ばないコケバッグは、放射線量が高い1Fの廃炉作業場内、ダストサンプラーの設置や使用が困難な場所にも工夫次第で設置可能です。試料分析・廃棄方法の整備が必要となりますが、廃炉作業場内の放射性物質濃度の観測、放射性物質を含むダストの物理化学状態の解明、これらに基づく作業員の被ばく管理への適用も期待できます。

また、1F内外で網羅的にコケバッグを設置・常時観測する体制を整備すれば、周辺環境の異常の検知、異常がどこで起きたか、複数の観測場所のコケバッグを辿っていくことで、原因物質の挙動を解明できると考えます。

コケバッグの全ての素材が、地域の100円ショップやホームセンターで揃えられことは大きな利点です。この手法が実用化されることで、一般的に馴染みがある「コケ」を題材に、学校や教育機関での教材として環境教育の一助となることも期待しています。

研究者 土肥輝美(researchmap)
参考文献 Anna Di Palma et al., Testing mosses exposed in bags as biointerceptors of airborne radiocaesium after the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Station accident. 2022 Chemosphere, Vol.308, 136179.
A. Ares et al., Moss bag biomonitoring: A methodological review. 2012 Science of the Total Environment, Vol. 432, pp. 143-158.