放射線下・気中/液中環境下における金属材料の腐食機構の解明

Interviewee

大谷恭平Kyohei Otani

博士(工学)

研究の内容と目的

従来までの原子炉の金属材料の腐食に関する想定は、原子力発電所が正常に稼動している状況下における純水(軽水)が前提でした。そのため、福島第一原子力発電所(以下1F)の事故によって作り出された想定外の環境では、海水(塩分)による影響やリスクを的確に想定できるデータはほとんどありませんでした。
時間の経過やデブリ取り出し作業の進行に伴い1F内の機器・構造材料は腐食劣化のリスクが高まっていくと考えられます。未だ建屋内の状況が完全に解明されていない状況もあるため、1Fの特殊環境下での腐食機構をシミュレーションしながら幅広いデータを蓄積していくことが本研究の目的です。

1Fの特殊環境を模擬した環境における腐食試験(※1)

各環境下での腐食加速機構の解析

1F特殊環境下の腐食データを収集・整理するため、「全浸漬」「半浸漬」「気相(浸漬あり)」「気相」「気相(液滴落下)」の5つの環境下で、γ線照射・非照射時の腐食速度を測定しました。その結果、半浸漬や液滴落下の条件で腐食速度が加速する事が明らかになりました。また、半浸漬や液滴落下の場合は鋼表面に薄い水膜が存在するため、γ線照射時において特に腐食速度が加速することが判明しました。(※1)
鋼表面に薄い⽔膜がある場合や乾湿繰り返し条件下にある場合は、水溶液中で生じる腐食速度と比較した場合に腐食速度が加速すると報告されています。(※2,3)

気液交番環境下での腐食加速機構の解析

1Fの1〜3号機の原子炉内部調査(※4,5)により、現在の原子炉の鋼材は気水界面付近で淡⽔の気液交番環境下(気中と海⽔中の環境が交互に入れ替わる環境)に置かれている事が確認されています。しかし淡水を用いた気液交番環境下の腐食加速機構のデータは無いため、1Fの原子炉内部の気水界面付近の腐食速度を予測するための実験を行いました。原子炉内の淡水を再現した希釈人工海水中において、水中及び気中の温度や液中の酸素濃度を設定し、回転型腐食試験装置を使用して常時液中内と気液交番環境で約1ヶ月間回転させたところ、常時液中内と比較して気液交番環境は3倍以上の速度で腐食が進行する事が分かりました。(※6)
また、腐食速度が速いという事実だけでなく、不明点の多かった鉄さび層の構造についても解明することができました。

回転型腐食試験装置
常時液中状態の試料固定治具
気液交番環境の図解
この技術がどう活かされるのか

耐食性に対する材料と環境

これから廃炉を進めるにあたり、時間の経過による影響やデブリ取り出し作業による腐食劣化のリスクは高まる一方です。リスクを最小限に食い止めるには、「酸素を減らす」、「塩分濃度を低いままでキープする」、「電気伝導性を低く保つ」、「適切な防錆剤の投入」など状況に応じて適切な対策を施す必要があります。また、機器や設備など新たに設置する場合を考慮して材料を選定する際に活⽤できる基準を作る事が重要です。これから設置される機器類は、これまでの交換を前提とした作りではなくメンテナンスフリーであることが理想で、より耐食性の高い材料を選択することが求められます。設置場所ごとの放射線量や水質など環境の違いに応じて材料の選定基準を整備したいと考えています。腐食は時間をかけてじわじわと進行するため、一定のボーダーを超えて穴が開き大きなトラブルに至って初めて気づくケースが多い現象です。そのボーダーとなる基準を決める事で、機器・構造材料の腐食劣化の予測や、適切な保全を計画的に進めることが可能となります。

研究者 大谷恭平(researchmap)
参考文献 ※1…T. Sato, FRC-Corrosion2019で発表。
※2…A. Nishikata, T. Takahashi, Hou Bao-Rong and T. Tsuru, Zairyo-to-Kankyo., 43, p.188(1994)
※3…M. Yamamoto, H. Katayama and T. Kodama,J. Jpan Inst. Met. Mater., 65, pp.465-469(2001)
※4…Y. Fukaya, T. Hirasaki, K. Kumagai, T. Tatuoka, K. Takamori, and S. Suzuki, Corrosion, 74, pp.577-587(2018)
※5…Tokyo Electric Power Company Holdings, http://www.tepco.co.jp/en/index-e.html [Accessed January 30, 2019]
※6…K. Otani, T. Tsukada and F. Ueno, Zairyo-to-Kankyo, 68, pp.205-211 (2019)